JPSC-ADとは

About JPSC-AD

背景・目的

背景

わが国は4人に1人が高齢者という超高齢社会を迎え、急増する認知症が大きな医療・社会問題となっています。厚生労働省が実施した認知症の全国調査では、2012年時点での65 歳以上の高齢者における認知症の有病率は15%で、全国の患者数は約462 万人と推計されました。その数は今後さらに増加し、2025年には約700万人に達すると見込まれています。わが国の疫学研究の成績では、認知症のなかでもアルツハイマー型認知症の有病率が急速に上昇しているが、それを反映して医療機関を受診するアルツハイマー型認知症患者数も増加傾向にあります。これにともない、介護保険の総費用は2000年度の3.6兆円から2012年度の8.9兆円に年々増加しており、2025年には約20兆円に達すると推計されています。わが国の高齢人口は2025年以降も増加し続けると予測されているため、認知症の予防、治療、介護を含めた総合的な対策を講じることは喫緊の国民的課題となっています。この問題の抜本的な対策を講じる上で、基礎的研究によって認知症の成因を解明するとともに、疫学研究によって地域住民の認知症の実態を把握し、その危険因子・防御因子を明らかにすることが必要不可欠です。

国外の疫学研究や基礎研究により認知症の発症や予防に関する様々な知見が生み出されていますが、欧米人と異なる遺伝・環境要因を有する日本人では、認知症発症に関与する遺伝要因を含む危険因子の影響やパターンが異なる可能性があります。そのため、わが国の地域高齢者を対象とした独自のゲノムコホート研究を実施し、認知症の危険因子・防御因子を検討するとともに、その病態を明らかにすることが重要です。

近年の生命科学の分野における解析技術の飛躍的進歩により、核酸・タンパク質・脂質・糖鎖といった様々な生命分子情報であるオミックス情報の大規模かつ網羅的な収集が可能となりつつあります。認知症の発症過程において、これらオミックス情報から得られる新しい危険因子は、環境因子、遺伝因子とともにそれぞれが単独ではなく相互に影響を及ぼしている可能性が高いと考えられます。これらの因子の相互作用を詳細に検討するためには、より多くのサンプル数とより質の高い調査データが必要です。しかし、久山町研究を含めわが国の既存の認知症コホート研究は、いずれも単地域で行われているために対象者数が少ない(数100~数1000名)という限界があります。また調査データの精度も研究間で大きく異なります。認知症の病態を解明し認知症の予防対策を確立する上で、詳細なスクリーニング調査と精度の高い追跡調査を基盤にした大規模認知症コホート研究の成果にゲノム・オミックス情報など基礎研究の知見を融合させることが極めて有効な方法と考えられます。

目的

本研究開発では、精度の高い認知症のコホート研究を長年実施している福岡県久山町の疫学調査(久山町研究)の豊富な経験と知識を活用し、全国8地域から抽出する地域高齢者1万人からなる大規模認知症コホート研究を設立します(図1)。平成27年度に定められた研究計画をもとに、8カ所の研究地域間で予め標準化された調査項目のスクリーニング調査を行い、統一化された方法で収集されたエンドポイント(認知症、うつ病、心血管病、死亡)の情報を前向きに統合します。この質の高い大規模認知症コホート研究の成績を用いて、認知症およびうつ病の危険因子および保護因子を同定します。さらに本研究開発では、既存の認知症コホート研究において収集された臨床データや画像情報(頭部MRIデータ)を統合し、メタ解析を行います(0次統合研究)。これにより、これまでに国内外で報告されている認知症発症の危険因子や防御因子の検証を行い、速やかに疫学的知見を得ることを目指します。

さらに、この大規模認知症コホート研究では、追跡開始時に血清、血漿、DNAを-80℃で長期凍結保存し、追跡開始時に収集する栄養や運動のデータ、臨床情報などを用いた従来型のコホート研究に、ゲノム情報や核酸・タンパク質・脂質・糖鎖といった様々な生命分子情報であるオミックスに関する基礎研究の解析手法と知見を融合させ、次世代コホート研究を展開する予定です。これにより、認知症の危険因子・防御因子の全体像とともにその病態が明らかとなり、認知症の予防対策の確立と治療法の開発に向けて新たな道を切り開くことにつながると期待されます。

将来
展望

本研究では、収集データの精度の高い大規模認知症コホート研究の成績を用いて、食習慣や運動習慣を含む生活習慣や基礎疾患、心理社会的背景などの諸要因が認知症およびうつ病発症に及ぼす影響を詳細に検討します。さらに、頭部MRI検査データを用いて、脳各部位の形態学的変化と認知症およびうつ病との関係を検討し、それらの脳各部位の形態学的変化に影響を及ぼす危険因子を同定します。また、DNA検体を用いて遺伝性因子(一塩基多型・DNAメチレーション)が認知症およびうつ病発症に及ぼす影響を明らかにするとともに、遺伝性因子のもつ当該疾患の発症リスクに対する環境因子の修飾効果(相互作用)を検討します。加えて、コホートデータとオミックス情報を融合することにより、認知症およびうつ病発症に関与する新たなバイオマーカーや治療ターゲットとなる因子を探索することが可能となります。以上より、本研究を推進することにより認知症の新たな危険因子および防御因子が同定され、認知症の発症リスクの予測モデル、診断マーカー、予防法および治療法の開発が進むことが大いに期待されます。これらの研究成果は、個々の発症リスクに応じた予防・治療法(個別化予防・医療)の確立に寄与し、国民の保健・医療・福祉の向上につながると考えられます。